こんばんわ。今日は仕事後めずらしく立ち読みしてきました。(うちの店はレンタル、CD,ゲーム、本販売)
で、最近めっきり落ちてる自分が求めていた内容の本を発見したので、ちょっと感動して力もらっちゃったので、忘れないうちに書いておこうと。
帰宅してスグこれ書いてます。一応ごはんとお風呂の準備はOK!
8時間立ち仕事のうえ、一応お店とはいっても自分にとっては「職場」なので、できれば仕事後はすぐ帰宅したい…ってのが本音。足いたいし。
でもね、それを押してでも読んでよかったです。
その本はというと……
で、最近めっきり落ちてる自分が求めていた内容の本を発見したので、ちょっと感動して力もらっちゃったので、忘れないうちに書いておこうと。
帰宅してスグこれ書いてます。一応ごはんとお風呂の準備はOK!
8時間立ち仕事のうえ、一応お店とはいっても自分にとっては「職場」なので、できれば仕事後はすぐ帰宅したい…ってのが本音。足いたいし。
でもね、それを押してでも読んでよかったです。
その本はというと……
「17歳は二回来る」山田ズーニー著
最初はタイトルに惹かれて手にとってみました。
おおまかに言うと、人間は社会に出てからも思春期が訪れるということ。
悩んだり壁にぶち当たったりとかね。
一冊まるまる読んでこようと思ったんだけど、徒歩通勤のためあまり暗くなってから帰るのはよろしくないと思い、132ページまでで断念。
で、心に引っかかった言葉をちょっと紹介しようと思います。
手元にないのでニュアンスで。
「これを言ったり、やったら嫌われるんじゃないか?」と不安になるならば、
「じゃあ自分はどう思うのか?」
それを言った、やった自分のことが好きだ、認められるって思うんだったら、それはそれでヨシとする。
他人がどう思うか?より、自分がどう思うか?自分に対してそれを良いと思えるならば、結果が伴わなくともいいことにする。
どんな事に対しても自分で「決める」こと。
つまらないTV番組をだらだら見続けて、貴重な時間が損なわれたと嘆くより、「つまらない番組を見るぞ」と、自分で決める。
休日をただ何もせず過ごすより、「今日は一日だらだらするぞ」と決めて過ごす。
ちょっと原文と違って自己解釈入った文章になっっちゃいましたが、これらの言葉に、正直救われました。
「流されてしまう」と、TVも「見てる」のではなく「観させられてる」ものになるし、「ただ一日が過ぎてしまった」では「時間を無駄にした」とか「怠けてしまって後悔する」みたいな後ろ向きなか感じを伴います。
先週の日曜日、わたしは何もせず日がな一日ソファでゴロゴロしておりました。
が、それは前もって「今日は一日どこにも行かずにダラダラする」という能動的ダラダラだったので後悔も後ろめたさもありませんでした。
むしろ清々しいぐらいで。
これらの言葉に「ハッ!」と気付かされました。
最近とみに「こんなこと言ったら引かれるかなぁ?」とか「これを言ったらマズイよなぁ」とか、行きたくもない集まりに参加して、結果心の葛藤が残ったり。
そして、もう一つ引っかかった言葉が。
この作者は編集者を17年しており、校了、校正には人一倍厳しくチェックする人。
が、自分が今度、著者という「ものを生み出す側」に回った時。
人に自分の思いや考えを伝えようと言葉を紡ぐ際、自分が思ったこと、素直に感じたことをそのまま文面にすると、伝わりにくい部分もあったり、事実と違うことを書いてしまったり。
なのでチェックを入れて、手直しをする。
美しくキレイに交通整理された言葉は読み易く、入り込んできやすいけど、心は動かされない。
反応が怖くて、一般的、表面的に直してしまうと味気なく、尚且つそのような内容のものだと却って批判、罵倒されたりする。
自分が「これだ!」と思って、信じて揺るがない「ほんとうのこと」を書けば、たとえ読者が引いても何故か批判はされない。
たとえそれが世間から見てズレていたとしても、自分が「本当に思ったこと」を信念を持って書けば、それが逆に誰かの心を揺さぶることもある。
だから「ほんとうのこと」を「どう伝えるか?」を考えることだ。
すーごーくー納得。
そして自分が思っているほど、世間は自分に関して関心がないし、たとえ失敗したとしてもそれまでのこと。
誰かからの評価に対して、必要以上に喜んだり、落ち込んだりすることは客観性を失うので、自分が信頼を寄せる人に評価してもらって、自分の「位置」を時々確認することが、もの作りをしてる人には必要…とかなんとか書いてありました。
ちょっと一般人と、もの作りをしてる人とを混同してしまいましたが。
でも言いたいことはなんとなくわかるでしょ?
わたしのつたない文章では伝わりにくいのですが…(-o-;
なんていうか。
やっぱり自分が感じた感情を、いかに伝えるかってことなんですな。
うまく喩えてあったのが、ドラマとかのセットを、生活感がでるように汚すことを「汚し」とまんまそう呼ぶのですが、その「汚し」があることで、リアリティがグッと出る、と。
その「汚し」を取りさらわずに、表現することが「味」や「深み」につながるんでしょう。
そういう表現こそが、人の気持ちをグッと掴むのに、メディアの表現はすべて平地化されてしまうと。
だから本は面白くなくなるし、ビッグヒットを飛ばす大きな映画も心に響かない。
むしろお金や評価を獲得しようとしていない、もの作りに真剣な人の方が心を動かすものを作る。
あぁ、これはまさに以前書いた、もの作りの人の葛藤ですわね。
誰にも相談できなくて、ひとりで悶々として、気晴らしに色々してみるけど結局落ちてしまったり。
そんなとき、ふと本屋で気になった本を開いてみませんか。
不思議と自分が欲しかった答えが、そこには書いてあったりしますよ。
明日はこのつづきを全て読みきろうと思います。
最初はタイトルに惹かれて手にとってみました。
おおまかに言うと、人間は社会に出てからも思春期が訪れるということ。
悩んだり壁にぶち当たったりとかね。
一冊まるまる読んでこようと思ったんだけど、徒歩通勤のためあまり暗くなってから帰るのはよろしくないと思い、132ページまでで断念。
で、心に引っかかった言葉をちょっと紹介しようと思います。
手元にないのでニュアンスで。
「これを言ったり、やったら嫌われるんじゃないか?」と不安になるならば、
「じゃあ自分はどう思うのか?」
それを言った、やった自分のことが好きだ、認められるって思うんだったら、それはそれでヨシとする。
他人がどう思うか?より、自分がどう思うか?自分に対してそれを良いと思えるならば、結果が伴わなくともいいことにする。
どんな事に対しても自分で「決める」こと。
つまらないTV番組をだらだら見続けて、貴重な時間が損なわれたと嘆くより、「つまらない番組を見るぞ」と、自分で決める。
休日をただ何もせず過ごすより、「今日は一日だらだらするぞ」と決めて過ごす。
ちょっと原文と違って自己解釈入った文章になっっちゃいましたが、これらの言葉に、正直救われました。
「流されてしまう」と、TVも「見てる」のではなく「観させられてる」ものになるし、「ただ一日が過ぎてしまった」では「時間を無駄にした」とか「怠けてしまって後悔する」みたいな後ろ向きなか感じを伴います。
先週の日曜日、わたしは何もせず日がな一日ソファでゴロゴロしておりました。
が、それは前もって「今日は一日どこにも行かずにダラダラする」という能動的ダラダラだったので後悔も後ろめたさもありませんでした。
むしろ清々しいぐらいで。
これらの言葉に「ハッ!」と気付かされました。
最近とみに「こんなこと言ったら引かれるかなぁ?」とか「これを言ったらマズイよなぁ」とか、行きたくもない集まりに参加して、結果心の葛藤が残ったり。
そして、もう一つ引っかかった言葉が。
この作者は編集者を17年しており、校了、校正には人一倍厳しくチェックする人。
が、自分が今度、著者という「ものを生み出す側」に回った時。
人に自分の思いや考えを伝えようと言葉を紡ぐ際、自分が思ったこと、素直に感じたことをそのまま文面にすると、伝わりにくい部分もあったり、事実と違うことを書いてしまったり。
なのでチェックを入れて、手直しをする。
美しくキレイに交通整理された言葉は読み易く、入り込んできやすいけど、心は動かされない。
反応が怖くて、一般的、表面的に直してしまうと味気なく、尚且つそのような内容のものだと却って批判、罵倒されたりする。
自分が「これだ!」と思って、信じて揺るがない「ほんとうのこと」を書けば、たとえ読者が引いても何故か批判はされない。
たとえそれが世間から見てズレていたとしても、自分が「本当に思ったこと」を信念を持って書けば、それが逆に誰かの心を揺さぶることもある。
だから「ほんとうのこと」を「どう伝えるか?」を考えることだ。
すーごーくー納得。
そして自分が思っているほど、世間は自分に関して関心がないし、たとえ失敗したとしてもそれまでのこと。
誰かからの評価に対して、必要以上に喜んだり、落ち込んだりすることは客観性を失うので、自分が信頼を寄せる人に評価してもらって、自分の「位置」を時々確認することが、もの作りをしてる人には必要…とかなんとか書いてありました。
ちょっと一般人と、もの作りをしてる人とを混同してしまいましたが。
でも言いたいことはなんとなくわかるでしょ?
わたしのつたない文章では伝わりにくいのですが…(-o-;
なんていうか。
やっぱり自分が感じた感情を、いかに伝えるかってことなんですな。
うまく喩えてあったのが、ドラマとかのセットを、生活感がでるように汚すことを「汚し」とまんまそう呼ぶのですが、その「汚し」があることで、リアリティがグッと出る、と。
その「汚し」を取りさらわずに、表現することが「味」や「深み」につながるんでしょう。
そういう表現こそが、人の気持ちをグッと掴むのに、メディアの表現はすべて平地化されてしまうと。
だから本は面白くなくなるし、ビッグヒットを飛ばす大きな映画も心に響かない。
むしろお金や評価を獲得しようとしていない、もの作りに真剣な人の方が心を動かすものを作る。
あぁ、これはまさに以前書いた、もの作りの人の葛藤ですわね。
誰にも相談できなくて、ひとりで悶々として、気晴らしに色々してみるけど結局落ちてしまったり。
そんなとき、ふと本屋で気になった本を開いてみませんか。
不思議と自分が欲しかった答えが、そこには書いてあったりしますよ。
明日はこのつづきを全て読みきろうと思います。

ズーニーさんと言えば、大人の小論文教室!
もう知ってる?
でも一応、詳しくはほぼ日刊イトイ新聞にて確認してくだされ。http://www.1101.com/
なんか仲間が増えたみたいでうれしいよ、コレ。
>たかきっつぁん。
なんでもこの本は、その「ほぼ日」のコラムを集めた本らしい?です。
さすが兄さん知ってましたか!!!
これ、てっきり私は紙の新聞だと思ってたよー。「大人の小論文教室」って、その本にもちょろっとかいてあったんだけど、気になってたのです。
教えてくれてありがとう♡早速いってみまーす☆